青春18きっぷと大阪からの普通列車の旅〜Local Train Trip.
Local Train Trip.(トップ)なつかしの列車・路線 > その1・2002年以前に廃止となった列車など
サイトマップ
2010/11/28 更新

なつかしの列車・路線 1

2003年以前に姿を消した列車や路線を取り上げました。

特急「白鳥」

 大阪を午前中に発車し、丸1日かけて青森に到達する列車でした。青森からはかつては青函連絡船の夜行便、青函トンネル開通後は札幌行きの夜行急行と連絡していました。が、このルートで東北・北海道へ行く人がほとんどいなくなったため、01年3月2日で姿を消しました。

 八戸〜函館間の特急列車として「白鳥」の愛称が使われていますが、私としては少し複雑です。

特急「白鳥」 青森行き
大阪駅の発車案内
ヘッドマーク

 

快速「海峡」

 青森と函館を結んで走った快速列車で、客車で運転。車両の老朽化のため、特急に格上げされる形で02年11月で姿を消しました。乗車券だけで乗れる最後の客車でした。


快速「海峡」

 

50系客車

 かつては全国をくまなく走っていた赤い50系客車ですが、最後まで残った筑豊本線も電化により2001年10月に姿を消しました。


筑豊本線の50系客車

 姿を消したと思ったら…

 北海道を走る「くしろ湿原ノロッコ号」の車両は、50系客車(北海道向け)を改造したものです。特に1号車は、外観こそ変わっていますが車内は当時のままです。

 

快速「北長門」

 '97年夏ごろ、新幹線の厚狭駅が開業したのを期に、厚狭駅から美祢線を通り東萩駅まで、主に土休日に2往復運転されていました。車両はキハ28+58の2両で、うち1両は指定席で特急並みのリクライニングシート、もう1両は自由席で従来のボックスタイプの座席でした。ヘッドマークがあった他、厚狭駅では長い間使用されていなかった2・3番線(おそらく美祢線から山陽本線に乗り入れる列車が使用していたと思われる)から発車していました。

 その後、うち1往復の運転区間が長門市までに短縮され、さらに列車名を「萩・津和野号」「金子みすヾ号」などに変えて運転されていましたが、これらを含め、美祢線を走る快速列車はいつしかなくなっていました。

快速「北長門」

 

快速「チボリ号」

 倉敷チボリ公園がオープンしたことを期に、姫路から岡山を経て福山まで運転されていました。姫路〜岡山間を快速運転する列車は非常に珍しかったです。主に土休日の運転で、青春18きっぷ利用期間は非常に混雑していました。

 車両は221系や117系が4両で、姫路駅を朝8時半ごろ発車し福山駅には10時半ごろ到着、福山駅を16時ごろ発車し姫路駅には18時ごろ到着するというダイヤでした。

 その後、チボリ公園の不人気や、姫路駅から岡山以西に乗り入れる普通列車が多く運転されるようになったことから、運転されなくなりました。


快速「チボリ号」

 

快速「スーパーラビット」

 '94年夏ごろから、福山〜広島間に毎日(後に期間を限定したり、土休日)2往復運転され、当初は福山から広島までノンストップで運転していました。その頃、福山〜広島間に高速バスが走るようになり、それに対抗しての設定だったと思います。また、この列車を利用した割引きっぷも福山駅で売られていました。

 2本とも福山駅を午前に発車し、広島駅を午後に発車するダイヤで、岡山と広島に所属する115系で1往復ずつ運転されていました。岡山に所属する車両には、下のようなヘッドマークが付いていました。

 その後、東福山駅始発となり、尾道駅と三原駅に停車するようにもなりましたが、いつの間にか運転されなくなっていました。

快速「スーパーラビット」のヘッドマーク

 

急行「たかやま」

急行「たかやま」

 大阪と高山(飛騨古川)を結ぶ急行でしたが、99年12月に特急に格上げされる形で廃止となりました。

 

「はやたま」(新大阪〜新宮間の夜行列車)


はやたま

天王寺(廃止時は新大阪)から新宮まで走る、片道だけの夜行普通列車でしたが、2000年9月限りで廃止されました。この列車に充てられていた「きのくに線の165系」も今は見ることができません。

魚釣りの方々に利用され「いそつり列車」と呼ばれたこともあるそうです。私が乗った時も、バケツと釣竿を持った人が小さな駅で降り、暗闇の中に消えていくシーンを何度か見かけました。

 

急行「さんべ」

 鳥取を朝4時51分に発車し、半日かけて九州の小倉に至る急行でしたが、快速に格下げされる形で97年3月に廃止されました。


急行「さんべ」

 

美祢線大嶺支線


美祢線大嶺支線

南大嶺駅の本屋よりのホームから発車。しばらくしてから本線(長門市方面)と別れます。田園地帯を走り、3分ほどで大嶺駅に到着。キハ23のワンマン運転で、列車は本線の列車に一応接続してました。1997年3月限りで運行終了。

 

このページのいちばん上へ