青春18きっぷと大阪からの普通列車の旅〜Local Train Trip.
Local Train Trip.(トップ)なつかしの列車・路線 > その1・2004年以降に廃止となった列車など
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2010/11/28 更新

 

なつかしの列車・路線 2

2003〜2007年に姿を消した列車や路線を取り上げました。

特急「ライラック」「すずらん」(781系電車)

北海道で最初に登場した特急用電車を使って運転されていました。「ライラック」は札幌〜旭川間、「すずらん」は札幌〜室蘭間を走っていましたが、新型車量が登場したため引退しました。


ライラック、すずらん 781系電車

 

快速「ムーンライト仙台・東京」

2003〜2005年ごろまで、東京と仙台を結ぶ夜行列車として運転されていました。仙台から東京ディズニーランドへ行く列車としての性格もあり、私が乗った時もそれらしき団体客が乗っていました。運転は春季・夏季で、仙台発が金曜日、東京発が土曜日でした。

また、ディズニーランドにアクセスするため、東京〜大宮間は、京葉線(舞浜)・武蔵野線を経由していました。

 車両

583系(急行「きたぐに」と同タイプの車両)6両で運転されます。4人がけのボックスタイプの座席なので、4人が座ると窮屈かもしれません。


「ムーンライト東京」・583系車両

 当時の時刻

  • (ムーンライト仙台) 東京 22:20 → 仙台 6:21
  • (ムーンライト東京) 仙台 21:48 → 東京 7:47
  • この他の停車駅:舞浜、大宮、※白河、郡山、福島

※ 東京行きのみ運転停車。停車時間は3時間でした。両方向とも、これ以外にも運転停車がありました。

 その他

この他にも、冬季は「ゲレンデ蔵王」(大船〜仙台〜山形間運転、2006年ごろまで)や、年に1度程度、イベント的に臨時列車(列車名、運転区間は異なる)として運転されたことがあります。この時は、寝台を使用した「ゴロンとシート」という座席でした。(画像なし)

 

特急「出雲」(24系客車)

東京から山陰本線に乗り入れていた寝台特急で、一時は2往復運転され、浜田まで乗り入れていましたが、「サンライズ出雲」登場時に1往復に減らされ、運転区間も出雲市までに短縮されていました。乗客減と車両の老朽化により、2006年3月のダイヤ改正で運転終了となりました。

出雲

 

富山港線

富山駅と岩瀬浜(いわせはま)駅を結ぶ10キロ足らずの路線でしたが、かつては沿線の工場への貨物列車も多数運転されていました。2006年2月末で「富山港線」としての営業を終え、「富山ライトレール」(路面電車)として生まれ変わりました。(「富山ライトレール」としての営業は2006年4月末から)

距離の割には駅が多く、途中の東岩瀬駅〜大広田駅間は450メートルで、JRでは駅間距離が一番短いことで知られていました。また、末期は電化しているのにもかかわらず日中は気動車で運転されていました。

富山口駅…(「富山ライトレール」移管後は、この駅に列車が来ることはありません。)
東岩瀬駅…
競輪場前駅…
岩瀬浜駅…
車両…(これらの車両は、今後もJRに在籍します。)

富山港線

 

特急「いそかぜ」

特急「いそかぜ」
益田駅で → 
米子駅で → 

国鉄時代のデザインのキハ181で運転される最後の特急でしたが、2005年2月末で運転終了となりました。同時に、山陰本線の益田以西で走る優等列車はなくなってしまいました。

大阪〜博多間を福知山・山陰線経由で結んでいた「まつかぜ」を、大阪〜米子間の「まつがぜ」、米子〜博多間を「いそかぜ」として1985年に登場。以降、1993年には運転区間が米子〜小倉間に短縮されたものの、山陰本線西部の代表的な特急として名を馳せていました。が、2001年の山陰本線高速化の時に廃止の噂があり、地元の要望が実って運転区間は益田〜小倉間に短縮されて、辛くも生き残った経緯があります。が、もともと利用者は少ない区間のみの運転となったため、いつなくなってもおかしくない状態が続いていたかと思います。

 

急行「だいせん」

急行「だいせん」

福知山線、山陰本線を走る最後まで残った急行列車ですが、おそらく利用者減少のため、04年10月15日を最後に運転終了となりました。これにより、「エーデルタイプ」のキハ65・58(上画像)の定期運用もなくなりました。

かつては大阪と出雲市を走り、客車で運転され、寝台車も連結されていましたが、99年10月からは気動車に置き換わり、寝台車の連結もなくなり、運転区間も米子までになっていました。

主に大阪から山陰へ向かう人が利用していたと思われますが、鳥取あたりへ行く人は、智頭急行の開業による所要時間の大幅短縮で、米子や松江へ行く人は、伯備線の特急増発などで、大阪付近では通勤客の利用も多かったのですが、福知山線の列車増発により乗客はそちらに流れたものと思われます。気動車に置き換わってからは、空気を運んでいるような状態が続いていました。

私の知る限りで、いちばん注目されたのは、阪神大震災で新幹線や「スーパーはくと」が運転できなかった頃です。その頃は、大阪から山陰へ行くには、この列車しかなかったこともあり、かなり混雑していたのを覚えています。

 

鹿児島本線(八代〜川内間)

九州新幹線の開業により、平成16年3月に第3セクター化されました。急行用車両が使われ、ローカル線の旅を満喫できる区間でした・・・。


鹿児島本線(八代〜川内間)

 

可部線の可部〜三段峡間(非電化区間)

気動車が1両(一部2両もあり)でのんびり走っていた区間ですが、利用者減少のため、03年11月で運転終了となりました。太田川に沿って走るのですが、その車窓がすばらしかったのを覚えています。


三段峡駅(上のボタンを押すと画像が切り替わります。)

 

165、167、169系電車

 かつては急行列車として活躍、近年は普通・快速列車として、一部は車内をグリーン車並みに改造して夜行列車で活躍していましたが、昭和40年代前半までに作られた車両が多く、老朽化のために徐々に数を減らしてきました。そして、03年の10月頃に、全国から姿を消しました。一応、同タイプで交直流用の457、475系などはまだ健在ですが、徐々に活躍の場を減らしています。


165、167、169系

「はやたま(新大阪→新宮間の夜行列車)」もご覧ください。

 

快速「マリンライナー」(213系)

 瀬戸大橋線の開業以来、瀬戸大橋を渡る列車として走り続けましたが、イメージアップのため03年10月に新型車両に置き換えられました。とはいえ、デビューは1986年でまだ十分に使用に耐えられるため、現在は2両編成でワンマン運転できるように改造され、岡山地区で走っています。

 瀬戸大橋線開業前は、「備讃ライナー」という列車名で岡山と宇野を結び、宇高連絡船に接続していましたが、16年の時を経て、宇野駅に再びこの車両が乗り入れるようになっています。

マリンライナー213系

現在の「マリンライナー」の画像はこちら

 

南武支線の101系

 103系の前身で、「元祖、通勤電車」といわれる車両です。最近は南武支線(南武線の尻手(しって)〜浜川崎間)で余命を送っていましたが、引退したようです。

南武支線の101系

 

小野田線本山支線のクモハ42

 昭和初期に作られた車両で、一歩車内に足を踏み入れると木のにおいが充満し、昭和初期にタイムスリップしたみたいです。が、70年近く走り老朽化が進んだため、03年3月のダイヤ改正で引退しました。

クモハ42