なつかしの列車・路線 長距離列車
現在運転されていない日本海縦貫線・青函エリア以外の長距離列車を取り上げています。
特急「なは・あかつき」
京都・大阪と九州(長崎・熊本)を結ぶ寝台特急として運転されてきましたが、飛行機や高速バスの影響で2008年3月で運転を取り止めました。京都行きは朝のラッシュ時に到着することも、運転取り止めの理由かもしれません。
キハ181 特急「はまかぜ」
以前は山陰本線全体で見られた車両ですが、2010年11月に新型車両が登場し、このタイプの車両は姿を消しました。かつては快速列車としても使われていました。
同タイプの車両で運転されていた特急「いそかぜ」もご覧下さい。
急行「銀河」
京阪神と東京を結ぶ寝台列車として運転されてきましたが、飛行機や高速バスの他、新幹線のスピードアップもたたって利用者が減り続け、2008年3月で終止符を打ちました。
急行「だいせん」
福知山線、山陰本線を走る最後まで残った急行列車ですが、おそらく利用者減少のため、04年10月15日を最後に運転終了となりました。これにより、「エーデルタイプ」のキハ65・58(上画像)の定期運用もなくなりました。
かつては大阪と出雲市を走り、客車で運転され、寝台車も連結されていましたが、99年10月からは気動車に置き換わり、寝台車の連結もなくなり、運転区間も米子までになっていました。
主に大阪から山陰へ向かう人が利用していたと思われますが、鳥取あたりへ行く人は、智頭急行の開業による所要時間の大幅短縮で、米子や松江へ行く人は、伯備線の特急増発などで、大阪付近では通勤客の利用も多かったのですが、福知山線の列車増発により乗客はそちらに流れたものと思われます。気動車に置き換わってからは、空気を運んでいるような状態が続いていました。
私の知る限りで、いちばん注目されたのは、阪神大震災で新幹線や「スーパーはくと」が運転できなかった頃です。その頃は、大阪から山陰へ行くには、この列車しかなかったこともあり、かなり混雑していたのを覚えています。
急行「たかやま」
大阪と高山(飛騨古川)を結ぶ急行でしたが、99年12月に特急に格上げされる形で廃止となりました。
特急「出雲」(24系客車)
東京から山陰本線に乗り入れていた寝台特急で、一時は2往復運転され、浜田まで乗り入れていましたが、「サンライズ出雲」登場時に1往復に減らされ、運転区間も出雲市までに短縮されていました。乗客減と車両の老朽化により、2006年3月のダイヤ改正で運転終了となりました。
特急「はやぶさ・富士」
東京と九州を結ぶブルートレインでしたが、利用客の減少や車両の老朽化のため、2009年3月のダイヤ改正で姿を消しました。関西在住の私にとっては縁のない列車でしたが、下関や九州で見かけることがあり、その時の画像を紹介します。
門司駅(東京行き)での連結風景
東京行きは、熊本からの「はやぶさ」、大分からの「富士」を連結します。客車を連結するため、大掛かりな作業となります。
下関駅(東京行き)での機関車交換
下関駅では、機関車を交換します。下関駅の上りホームに関しては、機関車の先頭の位置は立ち入り禁止になっているのが残念です。
中津駅で「富士」と出会いました。
たまたま、列車を待っていたら「富士」が到着しました。(上の門司駅・下関駅のものとは無関係です。)
快速「ムーンライト仙台・東京」
2003〜2005年ごろまで、東京と仙台を結ぶ夜行列車として運転されていました。仙台から東京ディズニーランドへ行く列車としての性格もあり、私が乗った時もそれらしき団体客が乗っていました。運転は春季・夏季で、仙台発が金曜日、東京発が土曜日でした。
また、ディズニーランドにアクセスするため、東京〜大宮間は、京葉線(舞浜)・武蔵野線を経由していました。
車両
583系(急行「きたぐに」と同タイプの車両)6両で運転されます。4人がけのボックスタイプの座席なので、4人が座ると窮屈かもしれません。
当時の時刻
- (ムーンライト仙台) 東京 22:20 → 仙台 6:21
- (ムーンライト東京) 仙台 21:48 → 東京 7:47
- この他の停車駅:舞浜、大宮、※白河、郡山、福島
※ 東京行きのみ運転停車。停車時間は3時間でした。両方向とも、これ以外にも運転停車がありました。
その他
この他にも、冬季は「ゲレンデ蔵王」(大船〜仙台〜山形間運転、2006年ごろまで)や、年に1度程度、イベント的に臨時列車(列車名、運転区間は異なる)として運転されたことがあります。この時は、寝台を使用した「ゴロンとシート」という座席でした。(画像なし)